日々の断章 -2005.8 home 


どうしても、マーク・ロスコのシーグラム壁画が見たくなり、川村記念美術館に行ってきた。

ロスコの絵画との衝撃的な出逢いは、偶然訪れたホイットニー美術館だった。この下りは述べると長くなるので、又の機会に譲るが、まるで祈りの空間か、対話の空間か。

ロスコルームに流れる沈黙は重く問いかけてきた

この敷地内を暫し散策すると、蓮の花が咲いていた

この花との出逢いも又<繋がっているのだ>と思いつつ、帰途についた

13/07/05


海風

JIAの展覧会に模型などを出品した。

会場は日本郵船の旧倉庫。運河の向こうに赤レンガ倉庫の見えるゆったりとしたロケーションだった。設営、撤収、受付、出品者のトークショーと度々会場にいたが、海に面したのんびりした空気が、時間をやりくりしながらの慌ただしい訪問に力を与えてくれる。
 郵船の倉庫空間も高い天井、力強いコンクリートのテクスチャーとなかなか魅力的で、学生さんの卒業設計コンクール入賞案も含めた人々の<強い表現>を受け入れ、許容しているようだった。

2階のカフェも居心地良いが、一番心地よかったのは、運河の近くに置かれた椅子に座って、暫し検討中の建築についてスケッチをしている時間だった

 頬を海風がかすめていく...

19/06/05


《三つの愛の物語》

パリ・オペラ座エトワールだったバレリーナ、ギエムの公演に行ってきた。

演目は「三人姉妹」、「カルメン」、「マルグリットとアルマン(椿姫)」。
ギエムはカルメン以外の演目に出演していた。カルメンを演じたのはイザベル・シアラヴォラ。モダンな演出と切れ味の良い動きでシャープな印象のカルメンだった。
「マルグリットとアルマン(椿姫)」では、死に向かうマルグリットを迫真の演技で演じるギエム、一人の女優としての気迫に圧倒される。

しかし、この晩の演目で自分にとって最も衝撃的だったのはチェーホフの戯曲を元に演出された「三人姉妹」だった。三人の姉妹にとって田舎の退屈な生活の中に入ってきた軍人との儚い恋。そして、悲しい結末。そこまでは、ある意味淡々と描かれる。
圧倒的だったのはエンディング。悲しみの中で「それでも生きていく」という3人の気持ちを隠喩的に現すために舞台に大量に降る雪。鳥肌が立った。
 バレエには<言葉>がないから、オペラに比べても、どうしても筋書き自体は簡易なものにならざるを得ない。
しかし、この降りしきる雪に<言葉>はいらなかった...。

HP

14/05/05


春は...

南青山の家を引き渡したあと、ふと青山霊園を歩くと見事な桜。
精魂込めて創る建築は、引き渡しの時、これから<生きた建築>として育っていくのだと思ってはいるが、やはり寂しい気持ちになる。
春の強い風に桜吹雪が踊る。
i-podから一青窈の「もらい泣き」が流れてくる...。

 春は親しい人が去っていったり
新たなる出逢いが、浮き浮きとした喜びをもたらしてくれたりする季節
そんな時期を演出する桜と、日本人は何千年もの間対話を繰り広げていたのだろう...
「せつなさ」があれども、<結局、美しい>ということが力を持つ瞬間。

 この春から母校で設計製図を週に1日教えに行くことになった。
初授業の日、大学に入ったばかりの1年生の
好奇心に溢れた瞳に出逢えるのを楽しみにしている。

11/04/05


スカッシュ

通っているスポーツクラブでは、デスクワークとのバランスをとるために、主に水泳とヨガをやっていた。

昨年末のこと<試しに>スカッシュの初めて体験レッスンのようなものに出てしまった。
筋肉痛でしばらくアグラがかけなくなり、しかし、球が当たらないので悔しくて又出る。
そんなときに幹事をさせて頂いた芦原建築設計研究所のOBOG会があり、先輩建築家がスカッシュの試合をしてから参加された。突然、スカッシュをやり始めてしまったことを告げると、「これやるよ」と、サブのラケットを頂いた。
又、レッスンに出る。一人練習も始める。
 仲の良いインストラクターが「初心者も出るし、ハンデもあるし」と2月にあったクラブ内大会を薦める。ならば...と無謀にも申し込み、直前までやれるだけ練習を重ねた。
さて、当日。モノの見事に玉砕。「もうやめよう」と真剣に考える。しかし、ここで負けるのも悔しい。
 というわけで、練習を再開する。これはきちんとプロに1から習わねばいけないか...と
今月から「はじめてスクール」に入門する。

 これを<はまる>と言うのかも知れない...と、最近思う。

02/03/05


節分

あっという間に、慌ただしい年末年始が終わり、早くも節分。時の流れが、やっと自分の感覚に近くなってきたような今日この頃。
 写真は3月末竣工予定の「南青山の家」工事中のリビング。現場で位置を決めたガラスブロック用の丸いスリーブから光が漏れる。この家と「桜並木の家」が春に完成する。
 敷地条件や工法はそれぞれ違うが、密集した環境下で、プライバシーを保ちつつ、何処まで地球に開いた空間創りが可能なのか...に挑戦している。
そして、それを支える空間のクオリティーを獲得するため、現場に通う日々が続く...

03/02/05


これは日本的な<間合い>なのか

自身の誕生日に合わせて、二期倶楽部に一泊してきた。

今回の訪問は2度目。是非とも一番最初に渡辺明氏の設計で建った部分に宿泊したいと思い、池に面した部屋を押さえた。

 ここは非常に面白いプランで、池に面した大きな窓からは池の向こうにある通路をゆく人も見えるし、左右に並んでいる客室から出入りする人も前を通り過ぎていく。寝室は反対側に別にあるから、客室の中ではパブリックな場所なのだが、外から見ればそれなりに室内は見える。
 このプランを成立させているのはきっと、節度のあるゲストがそれぞれの<間合い>を大切にしつつ楽しむ...という無言の共通理解であろう。池越しに見える美しい紅葉は結果として隔離されたモノではなく、様々な場所から視点を変えて楽しむことが出来るし、たまに通り過ぎる人影はここに一日限りの不思議なコミュニティーを創出しているようにも感じる。
凍り付いていない、生きた風景とでも言えばいいだろうか...

 かつて、日本家屋で障子越しに感じていたような距離感が、この空間の<間合い>にはあるのかも知れない。

29/10/04


早起きは

今まで経験したことのない様な長い夏バテに襲われ、「茶畑の家」竣工も重なり
しばし活動を抑制。自己管理をして気をつけねば...

 徐々に回復しつつある中、通っているスポーツクラブで<早朝散歩>のイベントがあり気分転換に参加してみることに。
朝6時に起きて用賀に7時半に集合したときは(眠くて)実はかなり後悔していた。しかし台風続きで久々に見る抜けるような青空と、歩くという事の気持ちよさで、多摩川に着いた頃は清々しさに包まれていた。生まれ育った川を改めて眺めつつ、ゆれるススキの動きを追う...意外とこんな瞬間に人は癒されていくのかも知れない。

 近所にもかかわらずゆっくりと見たことのないスポットなどを横目に10時前に用賀に到着
軽い運動+水泳をして帰る。長い日曜日の午前中だったが、少し得をした気分の朝。

17/10/04


梱包された

茶畑の家の建て方が8/5から始まった

このプロジェクトに関わって早3年が経過した。途中敷地の変更、予算オーバーなど困難が多々あったが、現在クライアント、工務店、LVL製作会社、構造家、皆の情熱が立ち上がり始めている。撥水材は塗布しているがLVLを濡らすのは反りの要因になりかねないので、空から雷の音が聞こえ始めたところでブルーシートをかけた。立ち会っていた構造家とそのスタッフ、見学に来られていた建築家、当方のスタッフ、クライアントも職人さん達に比べれば微力ながらお手伝いをし、写真のような状態に

クリストは歴史建造物を梱包するというパフォーマンスをしていたが、思わずその光景を連想した。内包されているのはクリストのように議事堂など政治的意味合いを込めたモノではない。皆が情熱を傾けてきた仕事が<梱包>されている

9月末竣工予定

07/08/04


岩崎美術館

茶畑の家はLVLという材料を使って壁構造のようなことをやろうとしている住宅だが、そのLVLの製品検査のため鹿児島の工場に飛んだ。週末にかけてだったので検査日は一泊しその後、鹿児島大学の稲盛会館や高崎氏のアトリエなどを早朝から起きて見に行った。しかし、最大の目的はこの岩崎美術館であった。

小美術館の名作...として必ずの様に登場するこの建築は槇文彦氏の設計で、大学で建築を学び始めたばかりの頃に書籍で接してからずっと見たいと思っていた。
鹿児島から単線の列車に揺られ1時間ちょっと。指宿に降り立ち、まずは高崎氏の設計したなのはな館に向かう。大変な力作。

指宿駅に戻ってそこから指宿の街を歩いてみよう...と炎天下、散策を始め、結局そのまま30分ほど歩いて岩崎美術館に到着した。

静かな空気を湛える空間はしかし、かなりの密度でデザインされている、それで居て空気の薄いような不思議な透明感をも感じさせるものだった。

増築された工芸館は更に高密度な空間で、途中で照明を付けて頂いたがそれまでの時間、人工照明無しで降り注ぐ光や空気は教会のような気品を感じさせた

空港行き高速バスの時間まで2時間ほどもいただろうか...

27/06/04


リゾナーレ

かなり疲れ気味の時に、今までなかなか行けなかったリゾナーレ小淵沢に一泊した。
マリオベリーニ設計のリゾートホテルであるが、全体がイタリアの小さな山岳都市のように構成されている。
実際イタリアを移動していると、ガイドブックに載らないような山岳都市をよく見かける。そのそれぞれに固有の生活が凝縮されている不思議を車窓から考えていたものだった。

疲れていたので列車で到着し、タクシーで直行。ホテル内にあるプールでジャグジーなどにつかって、ひたすらのんびりとして、そして美味しいイタリアンを楽しみ、また夜の散歩を施設内でして、眠る。

これが想像以上のリラックスを生んで、帰ってからの仕事に立ち向かえた。時に、流れ続ける日常を断ち切って持つ時間というのは、本当に貴重なモノだと思うと同時に、それを大らかに包んでくれるリゾートだった

18/05/04


詩仙堂

久しぶりの京都

学生時代から事務所勤務の頃まで、よく夜行バスなどを使って京都を訪れていた。その際、時間が取れると必ずのように行っていたのが、この詩仙堂。

刈り込まれた植栽が持つ軽快感も魅力であるが時の流れが心なしゆっくりと流れているような空気を確認しに行くように、またここに佇む。

冬の特別公開で小堀遠州の茶室や長谷川等伯の襖絵、そして角屋(肝心の2階扇の間などは今回は見られず)、仁和寺の茶室など普段なかなか見られないものに接することが出来た。今更ながらここに都があったのだという実感を、建築だけでなく、南禅寺門前の「紫野 和久傳」(設計:岸和郎)の食、町並みや人の接し方などから感じた。

やっとそう言うモノが<見えるようになってきた>と言うことだろうか・・

25/02/04


レニ・バッソ公演 /Finks

1995年に友人に誘われ「Enact Frames of Pleasure」という作品を見たことがあった。音楽の使い方や照明、舞台セッティングに至るまで非常に凝ったもので、北村明子氏の不思議な存在感と共に強い印象があった。

その後は殆どモダンダンス公演自体を殆ど観に行かなかったのだが、先日の読売新聞夕刊に北村氏のインタビューが掲載されており、記憶の糸が繋がった。
そして、今日までの数年間を経てどのように変化しているのだろう・・・と無性にステージに触れたくなり、急いでチケットを手配した。

スパイラルホールのステージには四隅に小型カメラが設置されていて、音楽・照明に加え、映像が完全にシンクロして<身体>との競演を繰り広げていく。カメラやプロジェクターの映像にステージ上のダンサーの影がオーバーラップし、深いレイヤーを生み出す。
 全体に漂うクールな感覚はテクノロジーの進歩によって、より強烈に表現されているように感じた。そして、テクノロジーとスピード感にギリギリまで同化するような激しいダンスは、あからさまな人間臭さを打ち消したような方向に加速されていく・・・・しかし、却ってそれが<人間>を感じさせる瞬間に結びついているのかも知れない。

まごうことなき今、この時、の人間の表現

北村氏がステージに現れると、空気が変わる。
ヴァーチャルを感じる映像世界の中で、繰り広げられるダンスに込められていたのは、一人の表現者の<リアルな叫び>ではなかったか?

http://www.leni-basso.com

29/01/04


大倉集古館

正月に二人の友人と東京の建築巡りをした。一人は毎年会っている大学の同級生、もう一人は大旅行中にフィラデルフィアで逢った、一時帰国中のアメリカで建築家を目指す人。

伊東忠太設計の大倉集古館をスタート地点に寄り道をしながら六本木ヒルズ、麻布、青山、表参道、渋谷・・・とひたすら5時間位歩いた。歩くスピードで見る街は、ある意味新鮮だ。地下鉄の駅からの感覚は、スポットとして駅名を頂点にしたツリーとして認識されるが、改めてゆっくりと歩くことによって<点>と<点>がシームレスに繋がっていく。そんな感覚が面白くてまた街を歩いてみたくなる。

今まさに<動いている>街や建築からも刺激を受けたが、もっと刺激になったのは同行してくれた二人の友人。皆それぞれの居場所で強い信念を持って生きている。そんな同時代人が、自分の知らないところにも沢山いて、<次の時代>を創っていくのだろう・・・そんな気持ちにさせてくれた。

16/01/04


せんだい メディアテーク

伊東豊雄設計の話題作にやっと行くことが出来た。

冷たい風の吹く仙台は寒く、無理がたたってか風邪をひいてしまった身には応える。3時間ほどゆっくりと滞在していたが、施設が本当に使われているということにまず驚く。平日の昼下がりから日没まで常に人が出入りし、ビデオやインターネットなどは○○分と待ち時間が記されている。

特異な基本構成を生かすために、防災や設備などあらゆるこの規模の建築に必要とされる設備がデザインに組み込まれていて一体感を生み出している。集積そして執念を感じさせる程に。

11/12/03


寺井尚子 Quintet LIVE

渋谷のJZ Brat に前々から生演奏に触れたいと思っていた寺井尚子のライブを観に出掛けた。
 いきなり結論めいたことを書いてしまうならば、表現者としての圧倒的な力に魅了された。jazzの演奏でソロパートに突入したソリストはグループの中にいても一度孤独の中から<始めなければ>ならない。そこから何処まで行けるのか・・・を聴衆に、又メンバーに問いかけていく旅のようなもの。固唾を呑んで見守る。その中で伸び伸びと廻りを引っ張りながら高みに向けて疾走する。そして、ここまで・・・と聴き手が(私が)想像するところから更に<一歩先まで連れて行ってくれる>人であった。そこまで行くとただ手を叩いて喜ぶしかない。聴き手としても幸せなひととき。

 もう一つ、表現の幅の広さも圧倒的。
ゆったりと低音を使って<聴かせる>様な時にも楽器をとてもよく歌わせる人だと感じた(また、中低音で木の枯れたいい音がする)。アップテンポな曲でもピアノとヴァイオリンのみ又はギターとヴァイオリンのみ・・・という緊張感とリズム感を極度に要求されるようなソロパートを効果的に使っている。ドラムを含めたバンドサウンドの中では消えてしまうような微妙なニュアンスがその緊張感溢れる時間の中で聴き手にグイグイと語りかけてくる。
 アドリブを取る中では弾き手にも快感を伴う瞬間があると思っている。あぁ、自分だったらここが気持ちいい瞬間!と思っていると、ふと笑顔が浮かぶ。
 自分の仕事に真剣に賭けていて、更にそれを楽しんでいる。
そんな人に音楽を通して接することの出来た一夜だった。

24/10/03


コヤニスカッティ

今まで、このページは旅と言うほどの距離感を感じない建築に関するコメントとスケッチを載せていたが、ジャンルを問わず、気になることを散文的に綴る部分があっても良いかも知れないと考えていた。そんなときに表題の強烈なる体験をしたので、これをきっかけとしてモノローグ的に文章化する場所としたいと思う。半分は自らの備忘録として。

 昨晩、すみだトリフォニーホールで行われたフィリップ・グラスによるフィルムコンサート「KOYAANISQATSI コヤニスカッティ」に出掛けた。20年以上前に製作された全く台詞無しの映像と音楽による90分。
 アメリカ先住民ホピ族の言葉で<平衡を失った世界>などを意味するタイトルは、南西部の広大な自然を中心とした映像から開発され、都市化され、スラム化され、破壊され・・・と人間の為してきた<進化>(?)のプロセスを淡々としかし容赦なく映し続けることによって、達観したような視点で映像化される。
 音楽も含め、そこには見るモノに対するエンターテイメント的なサービスもなく、ひたすら加速度的に(実際映像は全て大変なスピードに加速されている)繰り返し目や耳に飛び込んでくる。生演奏、大ホールで逃避することも出来ずに人間が為してきた事を見せつけられる90分は、衝撃という言葉がもっとも相応しい。
 音楽も暴力的なまでのビートと同じ反復に支配され、以前NYで一部を観たライヒ+コロットの映像作品とは全く一線を画する。(音楽もライヒほどポリリズミックではない)

 見続けていると、冒頭の美しい自然の風景に戻ってくれないかと、願っている自分に気付く。しかしそれは<不可逆的世界>
決して逆には進まない・・・。

18/10/03


猪股邸

世田谷区に寄贈されたことで、無料公開している吉田五十八設計の邸宅
成城はそもそも閑静な住宅街だが、此処は別世界の様相。完全に引き込まれる建具類のお陰で美しい庭園は一幅の絵画のよう。和の部分と洋の部分が違和感なく混在し、空調などの設備も巧妙に隠蔽されている辺りが妙味。
吉田五十八の作品の中でもかなり高密度なものに感じる。庭園まで含めて解体されることなく維持・公開されていることに感謝。

1967年竣工(増築は1982年)


目白台の家

丸い小さなガラス開口にはそれぞれ小さな水切りが付けられていた
建築を長く美しく保つための配慮をデザイン化している
佇まいというのはディテールの集積から生まれる
渡辺明設計 1997年竣工


東京カセドラル

ダイナミズムはこの時代特有の感覚なのかも知れない。暫く椅子に座っていて思い出したのはサンフランシスコで見たネルヴィのセント・メリー教会。この教会はセント・メリーよりも7年早く竣工している。
大きな空間をシェルで構成するという点は似ているが、此処にあるのはよりストイックな世界。
丹下健三設計 1964年竣工


カフェ・ピアチェーレ

学生の頃、倉俣史朗のデザインした乃木坂のルッキーノに無理をして行った。学生が行くような店ではないし、建築の本を買うのが大変で毎週学校の図書館から気になる建築家の作品集を借り、気に入ったところをコピーして返す・・・そんな生活をしていた頃の話である。しかし、そのルッキーノも早々に姿を消してしまった。割れたガラスを挟み込んだ曲面を描くテーブルも今や写真と、訪れた人間の記憶に棲んでいるのみだ。だからある日突然
危機感を持って秋葉原に出掛けた。小さな空間。軽やか。でもやはり儚げだ。自分は建築を創るときに、出来ることなら汚れていても、廃墟のようになっても良いから100年後も立ちつくしていて欲しい・・・と思って設計をしている。倉俣作品の空気はそれとは正反対に吹き抜ける風のようだ。
しかし、人が自然の素晴らしさを、ふと思い起こさせる瞬間を
運んでくるような<風>


東京都美術館

芦原建築設計研究所時代の最後の仕事となった国立科学博物館・新館の現場監理で2年弱常駐をしていた。事務所からは一人で派遣されていたので、昼休みは良く上野公園の中を散歩していた。これはその時描いたスケッチの一枚。

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