南紀・熊野紀行 2002. 2.14-15

朝の飛行機で羽田から南紀白浜空港へ
そして、レンタカーを借り一路
那智勝浦へ向かう。

伊勢神宮の式年遷宮の時(1993)、伊勢から那智を通って白浜に紀伊半島を一周する旅をしようとしたことがあった。この時はそれ以前に無理をしすぎ、伊勢で寝込んでしまった。
それ故、那智の滝を見て南方熊楠を辿ることが昔年の思いとなっていた。

車で向かう那智の滝はかなり遠い。されど、道すがらの海の景に励まされながら進む。
山を駆け上り、滝が姿を見せたときは本当に<ありがたい>感じがした。
この滝はそれ自体が御神体とされている。
山を歩き熊野詣でをしていた昔日の旅人には一層の感慨であっただろう。

海椿葉山 /設計:竹原義二

JIAで竹原義二氏のレクチャーがあったのが2000年末のこと。 そこで一番時間を割いて紹介されていたのがこの宿だった。 それ以来いつか此処に泊まりたいと思っていたところ 偶然にも雑誌で妻が見つけ「此処に泊まりたい」という <願ったり>である。  急遽飛行機・レンタカーと宿の予約を手配した。


第一印象は「写真で見たよりも小さい」だった。沢山の建築を見てきたが、こういう印象を持つものがどうしても多い。広角レンズの視点というのはどうしても人間の感じる距離感と差がでてしまう。

実はその<小ささ>がとても良かったのだ。凝縮した寸法関係と素材感が人間の感覚に親密感を保ったまま問いかけてくる。

「夕陽を眺めるために」と竹原さんが講演で言われていたままに、夕日を眺めて日が落ちると言うことを大いに楽しんだ。

この楕円のサロンに夕陽は色を赤く変えながら陰の軌跡を描く。そして、このスケッチのように朝には反対側からまた、巡に影を落とす。

緩やかな太陽計測装置のように

海椿葉山 /設計:竹原義二

楕円のサロンの内部

新鮮な魚介類が使われ、盛りつけ・調理法に工夫の凝らされた食事を堪能。6室しかないという規模が細やかなサービスを可能にしていることを実感する。

食後、このサロンにてしばし休息。

jazzの流れる中スケッチをしながらのんびりと過ごす。明るすぎない照明、存在感のある架構、微妙な緑が塗り込められた壁。

住宅作品が多い竹原氏ならではなのだろうか?偽りのない素材によって構成された本物の空間。そこにある自然な安らぎ・・・。

<くつろぐ>と云うことによって、学んでいくことが出来るものが此処にはあった。

ホテル川久 /設計:永田・北野建築研究所

バブル後期に300億の資金が投じられて創られたホテル。

圧倒的な手仕事と贅沢な素材が用いられ、完成時はその宿泊費などの高さから訪れることはないと思っていた。しかし、経営破綻後の路線変更によるものだろう、価格からするととても内容の濃いランチを食べることが出来た。

確かにスケール感など<やりすぎ>の感は否めない。しかし、「そう言う時代」だったのだろうとも思う。ロビーの柱頭をスケッチしていて、これでは大きさが分からない・・・と下のラウンジチェアまで描いた。

これだけのものを創ったのだから、きちんと長く維持されて欲しい・・・そう感じた。

ここには計り知れない手仕事が集積されているのだから・・・。

白浜では南方熊楠の記念館を訪れた。小さな文字でびっしりと描き込まれた自筆資料は見るものを圧倒する。英文で書かれたものも多く、なかなか解明が進まないようなことを読んだことがあるが、熊楠が人に「読んで貰う」ために研究を進めていたのか?と資料を見ている内に感じた。それは自身の「知りたい」という強烈なエネルギーを開放していった痕跡のようにもみえた。

その存在は一種の<事件>だったのかもしれない

熊古道なかへち美術館 /設計:妹島和世

熊野への参道であった中辺路の途中にあるこの美術館へ山間の道を飛ばした。

廻りから隔絶したような佇まいでポンと置かれたガラスの箱と云う印象を持った。そのガラス箱感を強調しているのがガラスに貼られた半透明のフィルムであるように感じた。繊細な存在感。展示室を内包した建築で主役は展示室とガラス壁の間の空間=建築。

サロンのような部屋にはいると真っ白な空間。椅子の色彩が際だって見えるが私にはシェードを下ろした状態でも光が強すぎ、サングラスをかける。ガラスにはフィルムにスリットがあり川の水面がのぞく。

シュールな世界のホッとする瞬間。

夕陽に向かって中辺路を戻り、南紀白浜空港へ

東京の宝石箱のような夜景の中に着陸。

濃密な一泊旅行は終わった。



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