イタリア紀行 2003

4/3-12


日本からの旅行シーズンを考えると<隙間>に当たるのだろうか。想像以上に安く飛行機の手配も出来、やや世情的な緊張感も感じる中、イタリアに向けて旅立った。
行きも帰りもエールフランスのパリ経由を選択したのだが、成田でチェックインをすると「管制官のストのためフィレンツェ行きの飛行機が欠航している」という。ローマ経由のピサ行きに振り替えられて機上の人となった。ピサからは大体タクシーで1時間ぐらいだろうという読みだった。

しかし、パリ・シャルル・ド・ゴール空港に着くと乗っていた航空機も遅れたらしく、既にローマ行きは締め切ってしまったし、余りにもキャンセル待ちが多くてその人々を乗せてしまったという。空港は怒りの顔色でカウンターに詰めかける人々でごった返している。あとで知ったところによると、年金を巡るストだったようで、7割もの飛行機が欠航したらしい。

どうにか翌朝のフィレンツェ行きを手配して貰い、仕方なく空港近くのホテルで一泊。早朝のフィレンツェ行きに乗り、何とか翌日午前中のウフィッツィ美術館予約時間に間に合った。<常識>というのは国によって違うものだとつくづく思う。


アカデミア美術館 フィレンツェ

フィレンツェでは、明確な目的があった。建築もしかりだが、それと併行して生み出された特にルネッサンス期の芸術に焦点を当てて見ると言うこと。
当然ミケランジェロは大きなウエイトを占めてくる。アカデミア美術館では若くして完成させたダビデ像が有名だが、この未完成の奴隷像に目を奪われた。カラーラの大理石から今まさに<助け出されよう>としている彫刻はこの上に何も<付け足す>事が出来ない。それを片側から彫りだしている。それは彫り出す前に大理石の中に明確な姿が見えていないと出来ない創り方だ

ドゥオモ フィレンツェ

ミケランジェロ広場までバスに乗らず階段を使って登ってみた。そうするとブラマンテの創ったドゥオモのクーポラが、統一された町並みを生み出す同じ素材の屋根瓦の海から浮かび上がってくる様子をゆっくりと感じることが出来る。
非常に寒い日で、吹き抜ける冷たい風の中スケッチブックの端を押さえながらの一枚。

ウフィッツィやパラティーナでボッティチェリやラファエロ等かなり精力的に見て回った。かなりの数を一気に見ていると、その作家が何故今日語り継がれているのかが感覚的に見えてくるような気がする。
サンマルコ修道院でのフラ・アンジェリコは想像以上に素晴らしく、階段を上って正面に見える受胎告知には、素晴らしい優しさが込められているように感じた。


メディチ家礼拝堂 フィレンツェ

その天才故に、時の権力者から常に大切な仕事を依頼されてきたミケランジェロ。その反面、政治に常に翻弄されそれらとは無関係に創作をするということは許されなかった。この礼拝堂は<未完成>の部分が多い。荒削りのままであったり、物憂い表情を湛える彫刻は、同じ政治活動をして弾圧された友人に対して、天才故に生き残った自分自身を救済するための懺悔のようにすら見える。素晴らしいが悲痛な空間。

サンタマリア・デル・グラツィエ教会 ミラノ

ブラマンテの設計した教会の中庭空間
ユーモラスなプロポーションを見せるブラマンテと<目があった>ような構図だったので座り込んで描いた一枚。

ミラノへのユーロスターは出発が1時間遅れ。夕方ミラノに着くが、独特の埃か砂を空気に感じる。大都市に来た実感。メトロでドゥオモに行くと金属探知器を使った厳重なセキュリティが教会入り口で行われていた。土曜日の広場では仮設ステージでイベントが行われていて、人々の熱気が広場を埋め尽くす。

 翌日はこの教会やスフォルツェスコ城でダ・ヴィンチの描いた樹木の間、ミケランジェロが最後まで彫っていたロンダニーニのピエタなどを見る


サンカルロ病院の教会 ミラノ郊外

フィレンツェでジノリのショップに入ってみると、セールのコーナーに見覚えのあるデザインの器。ジオ・ポンティがデザインしたものだった。とても美しく値段も手頃だったので購入した。そのジオ・ポンティが設計した教会

ジッと眺めているとジノリのデザインでも見られるユーモラスな部分が見え隠れする建築。窓から見える天使の像を描いたが、建築の枠だけでは十分味わうことが出来ないような楽しげな空間だった

ラシーニの集合住宅も同じくポンティの設計。こちらも<近代>では括りきれないディテールの散りばめられた建築だった。テラーニによるセンピオーネ通りの集合住宅の方が機能主義的な建築で、カサ・デル・ファッショを思わせるガラスブロックの使い方などが印象に残る


サン・ゼーノ教会 ヴェローナ

大理石と煉瓦によるストライプが繊細な印象を与える教会
祭壇に上がる階段と地下礼拝堂に行く階段が半階ずつスキップしている珍しい構成。2本の組み柱が中庭の列柱や薔薇窓にも使われていてスカルパディテールの源泉を感じる

ヴェローナは山の空気を感じる。気温は低いが気持ちがスッキリとするような冷たさだ。


カステルヴェッキオ美術館 ヴェローナ

ここに来るのは一体何回目だろう・・・と思うが、毎回新しい発見がある。記憶の中の素材感も徐々に誤差が生じるし、何年か経ってから見ると以前見えなかったものも見えてくる事がよく分かる。
空間を支える静けさもしばらく身を置いてみて初めて自身に浸透してくる。その静けさの中からスカルパが絶妙なディテールで楽しげに語りかけてくる。外部の庭は修復中だった。

サンタマリア・フォルモーザ教会 ヴェローナ

ヴェローナには何度も行っているが、気付くとあまり教会やローマ劇場には行ったことがなかった。それを精力的に歩いた。ここはロマネスク風の地下聖堂。地下でもあり真ん中に柱があるのだが、邪魔な感じがしないのは連続するアーチが綺麗だからだろうか。

ヴェローナ庶民銀行

初めてここを描いたのは8年前。
これは夕暮れ前の寒い時間、冷たい大理石に腰掛けて描いた一枚。様々な素材と形がぶつかっているが違和感を感じないのは、一つのスピリットで貫かれているからか。ローマ遺跡であるアレーナでもヴェローナ産の赤い大理石で創られた客席にしばらく座っていた。道路の舗装にまで使われているこの赤い大理石は微妙な色幅がある。歴史建築もスカルパのものも実はこの石の持つ<赤>がベースになっている

朝早い列車でヴェネツィアに。やはりそこは別の世界

着いた日は暖かく、翌日は冷たい雨。数日前のニュースではゴンドラに雪が積もった映像が映し出されていた。精力的に見ていたのとクエリーニスタンパーリアでは内部がレセプションのためか入れず、雨の庭園でスケッチも出来ず、スケッチは残っていない。冷たい雨のなかホテル近くのサン・ザッカリア教会に入った。一面絵画で埋め尽くされた内部はベースが黒のためか陰鬱な印象だった。しかし、次の瞬間雲の切れ間から太陽の光が射した。すると黒のバックから絵柄が神々しく浮かび上がってきた。絵のトーンがそういう光を計算して決められていたことを初めて悟った。

夜明けのヴェネツィアを船で後にし、空港でチェックイン。此処までは予定通りだったが、飛行機が2時間遅れる。此処が最後の空港・・・とお土産品を結構買い込みパリ行きに乗り込むが、成田行きには乗り継ぎが出来ず、次の飛行機は夜11時頃だという。仕方なく、荷物を預けてパリ市内に出てみようと思ったのだが、荷物を預かってくれる所はない。荷物に手をつけずに預かれる人を雇うことが出来ないのか、セキュリティの問題なのかともあれ全ての荷物を手にパリ市内行きのバスに乗る。

数時間のパリ、結構な荷物・・・そこで思いついたのがセーヌ川の観光船。屋根の上の席で流れるパリの町並みを見ながら寒さに震えていたが、初めて見る水からの視線はセーヌにより沿って生まれたパリの街を感じさせる一時だった。パリに住んでいた妻にもある意味新鮮だったようだ。あまり<観光>をしたことはないだろうと思うから。

タクシーで空港に戻り、今度は無事にオンタイムで離陸。原因不明の肺炎の影響かマスクをする人が非常に多い機内で、懸案の設計案を考えながら日本へ戻った。


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